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要は、捉え方次第

独り言をつぶやきます

思いは風化する


花より男子が好きです。


その中でも、国沢亜門の言った「思いは風化する」という言葉が、心に残っています。


ずっとその通りだと思ってきました。

思いは風化するのだと。


でも最近、というか少し前から、

風化しない思いもあるなぁと感じ始めました。


昔すごく好きだった人の今を知ってしまうと

わたしはとてもそわそわしてしまいます。


そしてすごく体力を使います。


好きとは違うけれども、複雑で、すこし懐かしくなるようなさみしくなるような、

そういう感じ。


それと同時に

人の想いは移ろってしまうんだなぁとも感じます。


この人の想いはわたしに向いていたのに。


こういうやつです。


今そばにいてくれる人も、

好きだよと言ってくれる人も、

いつかは自分の元を離れてしまうかもしれない。


そう考えたらどこまで信じていいかわからない。


でもとりあえず

目の前だけを信じられたら何よりです。


風化できないくらい強い想いを経験できるって

きっと素敵なことです。


傷ついて傷ついて傷ついて

それでもいつかは幸せになるんだろうなと、

ただなんとなく、漠然と、ほぼ理想に近いような状態ですが

常に思っています。






大人になるってつまり


子どものころの夢は「お花屋さん」でした。


別に花が好きだったとか、花屋で働くお姉さんに憧れていたとか

そんな理由はありませんでした。


ただ、漠然と「お花屋さん」だった気がします。


なんでですかね、

綺麗なものに囲まれるってことに対して

子どもながら「いいなあ」と思ったんですかね。


とにかくうろ覚えです。


ちなみに小学校のときの夢は「本を書く人」でした。


でも、高校生くらいになると「お花屋さん」も「本を書く人」も

自分にとっては非現実的で、

将来の夢がなくなってしまいました。


なんで子どもころって、あんなに夢に溢れてたんですかね。

少し羨ましい気がします。


こんなことを昨日考えていたんですが、

自分の中での結論としては

「あぁ大人になったんだなぁ」でまとまりました。


周りのことも自分のことも見えてきて、

「お花屋さん」も「本を書く人」も、表に出ない部分

つまり「お花屋さん」で言うと、出店するためには何が必要でどんな手続きをしなきゃいけないなど

「本を書く人」で言うと自分の才能が足りないなど、

こういったことをいやでも知るし、

いやでも感じるようになるんですよね。


だから、将来の夢が私はなくなってしまった。


そう思いました。


でも、大人になるって悪くない。


子どもの頃に抱いていた夢が、案外心の中に残っていて、

それが盾になったり希望になったりします。


ということで、私は「文を書いて人に伝える」お仕事をします。

「本を書く人」ではありませんでしたが。




限り有ること


自分が酔っ払って言った言葉を思い返すと

「あぁ自分はこんな風に考えていたのか」

と、思います。


自分も、他人も、自分と他人との関係も、

何がどう変化していくかは本当にわかりませんね。


当たり前ですけど。


こうなりたい、と思っていたはずが

その時期になってみると案外そうでもなかったりする。


時間て、有限で、残酷です。


でも、時間のおかげでどうにかなることも確かに有る。


残酷で、愛おしい。


世の中の小さな幸せ


思ったことをさらっと、

知り合いに見られているかとか気にせずに、

でも誰かに「あぁ」くらいの感じで見てもらえたらなぁと

ずっと思っていました。


そして遂にはじめました。


きっかけは、

電車でおばあちゃん二人組に席を譲ったら

「ありがとうね〜」

「恩に着ます」

と、喜んでくれたから。


こういうちっちゃいこと、書き残せたら嬉しいです。